05.30

北朝鮮の「汚物風船」散布と表現の自由の限界
北朝鮮が韓国に向けて汚物やごみを詰めた風船を大量に飛ばし、韓国社会に混乱を引き起こしている問題について考えてみたい。北朝鮮の金与正党副部長は、この行為を「表現の自由」だと主張しているが、はたしてそう言い切れるだろうか。一方で、韓国の脱北者団体が北朝鮮批判のビラを風船で飛ばしていることへの対抗措置とも言われており、韓国側の行為を北朝鮮がどこまで非難できるのかという問題もある。

北朝鮮の「汚物風船」散布の実態
まず、北朝鮮の行為の実態を見ていこう。韓国軍合同参謀本部の発表によると、5月28日夜から29日にかけて、北朝鮮から汚物やごみを詰めた風船が韓国各地に飛来し、29日午後時点で約260個が確認されたという[1][2]。風船には動物のふんやごみなどが入った袋がぶら下がっており[1][10]、一部の風船には空中で割れるタイマー装置も取り付けられていた[10]。
韓国軍は爆発物処理班や化学兵器対応チームを出動させて風船の回収に当たっているが[3][7][14]、住宅地や道路、空港などに落下すれば大きな被害が出かねないとして、北朝鮮に行為の即時中止を求めている[1][5][14]。2016年には北朝鮮の風船で車両や住宅が破損する被害も出ている[10]。
北朝鮮の「表現の自由」の主張

これに対し、北朝鮮の金与正党副部長は29日の談話で、韓国の脱北者団体が北朝鮮批判のビラを風船で飛ばしていることへの対抗措置だと主張。韓国でビラ散布が「表現の自由」として容認されているのを踏まえ、北朝鮮の行為も「表現の自由だ」と訴えた[3][4][11]。
しかし、この主張には無理がある。確かに表現の自由は民主主義社会の根幹をなす重要な権利だが、無制限に認められるわけではない。公共の福祉や他者の権利を不当に侵害する表現は規制の対象となり得る。北朝鮮の行為は、単なる意見表明の域を超えて、汚物の散布という実力行使に及んでいる。国民の安全を脅かし、被害を与える可能性が高い以上、「表現の自由」を盾に正当化することはできないだろう。
韓国の脱北者団体のビラ散布をどう評価するか
他方、韓国の脱北者団体によるビラ散布についてはどうか。北朝鮮はこれを「反共和国謀略行為」と非難し、韓国政府に団体の取り締まりを要求してきた。韓国では、脱北者団体のビラ散布を法律で禁止すべきかどうかが議論になったこともある[5]。
しかし、昨年9月の韓国憲法裁判所の決定は、ビラ散布の全面禁止は「表現の自由を過度に制約する」として違憲判断を下している[5][10]。北朝鮮の体制を批判する意見表明は、たとえ北朝鮮を刺激する内容だとしても、一概に違法とは言えない。あくまで民間団体の活動であり、その言論を政府が法的に制限するのは慎重であるべきだ。
無論、ビラ散布でも、風船から落下物が出て危険を及ぼすようであれば、安全面での規制は正当化され得よう。実際、韓国では一部の脱北者団体の活動が行き過ぎだとして、与野党から批判の声も上がっている[6]。ただ、北朝鮮の「汚物風船」とは、行為の性質がまったく異なることを意識しておく必要がある。
国家間の対立構図と民間の活動
ここで考えたいのは、北朝鮮の「汚物風船」と韓国の脱北者団体のビラ散布が、ともに国家の関与しない民間レベルの行為だという点だ。北朝鮮の金与正氏は、韓国政府を名指しで非難しているが[4][11]、脱北者団体は政府の管理下にあるわけではない。
一方、「汚物風船」については、金与正氏自身が北朝鮮の関与を認めており[14]、組織的な作戦であることは間違いない。つまり、国家と民間団体の行為を同列に論じるのは適切ではなく、北朝鮮の論理は説得力を欠くと言わざるを得ない。
もっとも、脱北者団体の活動を韓国政府がどこまで管理できるかは難しい問題だ。北朝鮮は、韓国政府が団体を取り締まらないのは「黙認」だと非難するが[12]、民主主義国家である以上、政府が民間の言論活動に安易に介入するわけにはいかない。
他方で、脱北者団体のビラ散布が南北対立を先鋭化させ、偶発的な軍事衝突のリスクを高めているのも事実だ。韓国政府には、団体の活動を適切にコントロールしながら、北朝鮮に冷静な対応を求めていくという難しい舵取りが求められている。
国際社会の役割
では、国際社会は何ができるだろうか。まず、北朝鮮の「汚物風船」散布を明確に非難し、中止を求めていく必要がある。単なる挑発ではなく、国際法違反の行為だと認定することで[5][14]、北朝鮮への圧力を強めるべきだ。在韓米軍は、すでに休戦協定違反の可能性があるとして調査に乗り出している[5]。
同時に、韓国の脱北者団体の活動についても、行き過ぎた行為は自制を促すよう、韓国政府に働きかけることが重要だ。国連安保理の対北朝鮮制裁委員会が、脱北者団体のビラ散布を「軍事的緊張を高める挑発行為」と非難したこともある[8]。民間の言論活動への政府の関与は慎重であるべきだが、平和を脅かす行為は看過できない。
日本政府も、北朝鮮の「汚物風船」を強く非難するとともに、事態の推移を注視していく必要がある。ビラ散布や「汚物風船」は、現在は韓国の領域内で起きている問題だが、風向き次第では日本にも飛来する可能性がある。在韓日本大使館は在留邦人に注意を呼びかけているが[2]、政府としても関係国と連携し、情報収集と対応策の検討を急ぐべきだろう。
むすび
北朝鮮の「汚物風船」散布は、「表現の自由」の名の下に正当化できる行為ではない。韓国の脱北者団体のビラ散布についても、一定の懸念は示されるべきだが、両者を同列に論じることは適切ではない。
国際社会は、北朝鮮の挑発行為を毅然として非難する一方、韓国の民間団体の活動についても節度を促していく必要がある。日本も、関係国との連携を密にし、事態の行方を注視していかなければならない。
平和は、当事者同士の冷静な対話と、国際社会の粘り強い働きかけの中でしか実現されない。北朝鮮の挑発に乗じることなく、あくまで外交的解決を目指す努力を続けていくことが肝要だ。
Citations:
[1] https://www.sankei.com/article/20240529-ZDYOJ6E2YJP4XDUHARHNA236VE/
[2] https://www.jiji.com/jc/article?g=int&k=2024052900784
[3] https://jp.reuters.com/world/security/6XCVMQCAXBP5NHT3B5MBKEJ6UI-2024-05-29/
[4] https://www.asahi.com/articles/ASS5Y3GDLS5YUHBI020M.html
[5] https://www.sankei.com/article/20240529-3IC2QVY7TVPABK4SGQFZLWYXYI/
[6] https://www.tokyo-np.co.jp/article/330367?rct=world
[7] https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240529/k10014464471000.html
[8] https://www.cnn.co.jp/world/35219462.html
[9] https://news.yahoo.co.jp/articles/0dc23c3dceae7377971aea0da30786a83c85bbdd
[10] https://mainichi.jp/articles/20240530/ddm/007/030/125000c
[11] http://japan.hani.co.kr/arti/politics/50156.html
[12] https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM292WY0Z20C24A5000000/
[13] https://www.home-tv.co.jp/news/content/?news_id=000351897
[14] https://news.tv-asahi.co.jp/news_international/articles/000351897.html
[15] https://www.nikkei.com/article/DGKKZO81029270Z20C24A5FF8000/
[16] https://news.yahoo.co.jp/articles/3a4a5151aeaffa11c295f70a0bbfb551828cb91f
[17] https://news.yahoo.co.jp/articles/866bb9d8f8dc0e326122d3ef1da5b6a15dced660
[18] https://www.tokyo-np.co.jp/article/330207?rct=world
[19] https://www.nikkansports.com/general/news/202405290000970.html
[20] https://www.youtube.com/watch?v=4uYWi6mbRvA
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