
出典:聯合ニュース(https://jp.yna.co.kr/view/PYH20230131055800882)
報道の信憑性:デイリーNKジャパンの独占情報
今回の豊胸摘発報道の発端は、北朝鮮専門メディア「デイリーNKジャパン」による2025年7月25日の記事でした。同メディアによると、平壌市内で違法な豊胸手術が増加し、副作用による医療事故が多発していることを受けて、北朝鮮当局が緊急の取り締まりを実施したということです。
この報道の特徴は、具体的な日時と場所が明記されていることです。社会安全省(警察庁)が7月13日午前に平壌市安全部(警視庁)に対して緊急指示を出し、9月末まで集中的な取り締まりを実施するとしています。
さらに、普通江区域で30代前半の女性が豊胸手術後に深刻な副作用を患った具体的な事例も報告されており、手術を行った歯科医が逮捕されたという詳細も含まれています。
北朝鮮の美容整形法制度:意外にも整備された法的枠組み
「整形外科治療法」の存在と内容
この報道を理解するためには、まず北朝鮮の美容整形に関する法的基盤を知る必要があります。2025年7月、米国の北朝鮮専門研究機関「38ノース」が重要な発見を公表しました。
2024年末に入手した北朝鮮製スマートフォンのデータベースから、2016年に制定された「整形外科治療法」の全文が発見されたのです。この法律は2019年と2024年に改正されており、現在も施行されています。

出典:朝日新聞(https://www.asahi.com/articles/AST7D7FDCT7DUHBI00CM.html)
法律が認める整形手術の範囲
この法律の第11条では、以下の場合に整形手術を認めています:
治療目的の整形手術
- 先天性奇形の矯正
- 火傷、腫瘍、外傷による変形の修復
- 軟組織外傷の治療
美容目的の整形手術
- 「審美的に外観の美しさを向上させる」目的での手術
驚くべきことに、北朝鮮の法律は美容目的の整形手術を明確に認めており、「人民が健康で美しい外観を持って幸福で文明的な生活を享受する」ことは「わが国の大衆中心の社会主義体制の本質的な要求」としているのです。
厳格な制限事項
一方で、以下の手術は厳格に禁止されています:
- 顔を完全に別人の姿に変える手術
- 指紋を変更する手術
- 眉毛・まつげのタトゥー(社会主義的生活様式に適合しないため)
これらの制限は、明らかに国内の治安維持と個人識別の観点から設けられたものと考えられます。
北朝鮮における美容整形の実態
「美しいほど、問題が簡単に解決」という現実
元北朝鮮の神経科医師で韓国高麗大学の崔政訓客員研究員によると、北朝鮮では「美しければ美しいほど、人生の問題が簡単に解決する」という言葉がよく使われるといいます。
これは単なる比喩ではありません。実際に、容姿端麗な女性は万寿台芸術団やピバダ歌劇団の俳優として選抜され、その中から党や政府、軍の高官の子どもの結婚相手として選ばれることが多いのです。
韓国ドラマの影響と整形手術の普及
近年、北朝鮮に流入した韓国ドラマの影響で、韓国風のファッションや美容への関心が高まっています。しかし、街頭の糾察隊(風紀取り締まり係)の監視が厳しいため、髪を染めたり韓国風の服装をしたりするより、「美容整形の方が安全」だと考える人が増えているのです。

出典:文春オンライン(https://bunshun.jp/articles/-/80785)
整形手術の種類と費用
北朝鮮で人気の整形手術には以下があります:
- 二重まぶた形成手術:約2,000円程度
- 目の下のたるみ取り
- 皮膚のシミ取り
- 歯並びの矯正
これらの手術は、正規の医療機関では「整形外科専門病院」「中央級病院」「請負病院の整形外科専門科」でのみ実施可能とされています。
豊胸手術摘発の背景と手法
増加する違法手術と医療事故
今回の摘発の背景には、正規の医療機関では受けられない豊胸手術を求める女性たちと、それに応える違法な医師たちの存在があります。
豊胸手術は「非社会主義行為」「資本主義的逸脱」と見なされているため、正規の病院では施術できません。そのため、一部の外科医が中国から仕入れたシリコンを使用し、自宅などで密かに手術を行っているのです。
具体的な摘発事例
デイリーNKの報道によると、普通江区域で30代前半の女性が2回の豊胸手術後に深刻な副作用を発症した事件が発生しました。手術を行ったのは歯科医で、外科手術の専門家ではありませんでした。金儲けを目的とした違法行為だったのです。
当局の取り締まり手法
社会安全省が指示した取り締まり方法は以下の通りです:
- おとり捜査:患者を装った捜査官を違法医療現場に潜入させる
- 街頭検査:人民班長らと連携し、胸の大きな女性を発見次第、派出所や病院に連行して身体検査を実施
摘発された女性や医師は「非社会主義行為」の罪で労働鍛錬刑(短期の懲役刑)などの刑罰を受ける可能性があります。
社会主義国家の美容観:矛盾する価値観
「社会主義的美」の定義
北朝鮮当局は、豊胸手術を「完全に腐りきった資本主義的行為」と非難する一方で、一般的な美容整形は「社会主義体制の本質的な要求」として正当化しています。
この一見矛盾する価値観は、どのように理解すべきでしょうか。
国家統制下での美容基準
北朝鮮の美容整形政策には、明確な政治的意図があります:
許可される美容整形
- 国家が管理できる範囲内での美的向上
- 社会主義的価値観に適合する自然な美しさ
- 国家機関での適切な管理下での施術
禁止される美容整形
- 過度に西欧的・資本主義的とみなされる変化
- 国家管理を逸脱した違法行為
- 個人識別に影響を与える変更
国際的な視点から見た北朝鮮の美容整形事情
韓国との比較
隣国の韓国は世界有数の美容整形大国として知られていますが、北朝鮮の状況は大きく異なります:
韓国の美容整形
- 個人の自由な選択として尊重
- 商業的・競争的な市場環境
- 多様な選択肢と高い技術水準
北朝鮮の美容整形
- 国家統制下での限定的な許可
- 政治的・イデオロギー的な制約
- 違法行為への厳格な処罰
他の社会主義国家との比較
中国やベトナムなどの他の社会主義国家では、市場経済の導入とともに美容整形産業も発展していますが、北朝鮮は依然として厳格な統制を維持しています。
報道の信憑性と今後の展望
情報源の信頼性評価
今回の豊胸摘発報道について、信憑性を評価する要素は以下の通りです:
信憑性を支持する要素
- デイリーNKは北朝鮮専門メディアとして実績がある
- 具体的な日時、場所、人物が明記されている
- 38ノースが発見した法律と整合性がある
- 過去の北朝鮮の行動パターンと一致している
慎重に判断すべき要素
- 北朝鮮からの直接確認は困難
- 情報筋の詳細は明かされていない
- 政治的プロパガンダの可能性も考慮が必要
今後の動向予測
この問題は以下のような展開が予想されます:
- 取り締まりの継続:9月末まで集中的な摘発が継続される可能性
- 法律の厳格化:整形外科治療法のさらなる改正の可能性
- 社会的影響:北朝鮮女性の美容意識や行動の変化

出典:中央日報(https://japanese.joins.com/JArticle/141511?sectcode=500&servcode=500)
専門家の見解と分析
学術的観点からの評価
米国のマーティン・ウィリアムズ氏(38ノース)は、北朝鮮で整形外科治療法が存在すること自体が、「合法的な手術件数が非常に多いか、違法手術問題が深刻化していることを意味する」と指摘しています。
社会学的分析
北朝鮮の美容整形現象は、以下の社会的要因が複合的に作用した結果と考えられます:
- 経済格差の拡大:富裕層の間での美容への関心の高まり
- 外部文化の流入:韓国ドラマなどの影響
- 社会的上昇志向:美貌による社会的地位向上への期待
- 国家統制への反発:個人的自由への欲求
結論:事実と推測の境界線
「豊胸は腐った資本主義」として北朝鮮が巨乳女性を一斉摘発したという報道は、信頼できる専門メディアによる具体的な情報に基づいており、十分に信憑性があると判断されます。
この事件は、北朝鮮という閉鎖的な社会主義国家においても、人々の美への欲求は止められないことを示しています。同時に、国家が個人の身体や美意識まで統制しようとする体制の矛盾も浮き彫りにしています。
重要なポイント
- 法的基盤の存在:北朝鮮には実際に整形外科治療法が存在し、一定の美容整形を認めている
- 線引きの厳格さ:豊胸手術は「資本主義的」として厳格に禁止されている
- 取り締まりの現実性:具体的な摘発方法と処罰制度が運用されている
- 社会的背景:美容への関心の高まりと国家統制の間の緊張関係
この問題は、単なる美容整形の話を超えて、社会主義国家における個人の自由と国家統制の根本的な問題を提起しています。今後も北朝鮮の動向を注視していく必要があるでしょう。
【ポイント解説】
・北朝鮮の豊胸摘発報道は信頼できる専門メディアによる具体的な情報に基づいている
・2016年制定の「整形外科治療法」により一般的な美容整形は合法だが、豊胸手術は禁止されている
・「美しいほど問題が簡単に解決する」という北朝鮮社会の現実が背景にある
・取り締まり方法は身体検査を含む厳格なもので、9月末まで継続される予定
参考文献
[1] デイリーNKジャパン, 「『豊胸は腐った資本主義』北朝鮮が”巨乳”を一斉摘発」, (2025年7月25日), https://topics.smt.docomo.ne.jp/article/dailynk/world/dailynk-171327
[2] 朝日新聞, 「『美しいほど、問題が簡単に解決』 北朝鮮で美容整形がはやるわけは」, (2025年7月14日), https://www.asahi.com/articles/AST7D7FDCT7DUHBI00CM.html
[3] 中央日報, 「北朝鮮で『美容整形』が活発…『眉毛入れ墨』は禁止」, (2025年7月4日), https://japanese.joins.com/JArticle/335877?sectcode=500&servcode=500
[4] 38 North, “North Korea’s Plastic Surgery Law: A Socialist Beauty”, (2025年7月2日), https://www.38north.org/2025/07/north-koreas-plastic-surgery-law-a-socialist-beauty/
[5] Korea JoongAng Daily, “Plastic surgery is legal in North Korea, eyebrow tattoos aren’t, report finds”, (2025年7月4日), https://koreajoongangdaily.joins.com/news/2025-07-04/national/northKorea/Plastic-surgery-is-legal-in-North-Korea-eyebrow-tattoos-arent-report-finds/2345051
[6] MK新聞, 「北朝鮮の『整形外科治療法』が2016年に制定」, (2025年7月3日), https://www.mk.co.kr/jp/world/11358674
[7] 文春オンライン, 「北朝鮮の知られざる”美容整形”事情とは…」, https://bunshun.jp/articles/-/80785
[8] 聯合ニュース, 「北朝鮮の整形手術」, https://jp.yna.co.kr/view/PYH20230131055800882
[9] MSN, 「整形は合法、でも美しすぎるのは禁止」北朝鮮で発覚した”美容管理国家”のリアル」, https://www.msn.com/ja-jp/news/opinion/整形は合法-でも美しすぎるのは禁止-北朝鮮で発覚した-美容管理国家-のリアル/ar-AA1I5CAC
[10] Korea Bizwire, “North Korea’s Cosmetic Surgery Law Revealed, Allowing Aesthetic Procedures but with Strict Limits”, (2025年7月4日), http://koreabizwire.com/north-koreas-cosmetic-surgery-law-revealed-allowing-aesthetic-procedures-but-with-strict-limits/324610
[11] Daily NK, “N. Hamgyong province launches crackdown on illegal ‘non-medical surgeries'”, (2024年9月25日), https://www.dailynk.com/english/north-hamgyong-province-launches-crackdown-illegal-non-medical-surgeries/
[12] ニコニコニュース, 「『豊胸は腐った資本主義』北朝鮮が”巨乳”を一斉摘発」, (2025年7月25日), https://news.nicovideo.jp/watch/nw18016722
[13] ライブドアニュース, 「『豊胸は腐った資本主義』北朝鮮が”巨乳”を一斉摘発」, (2025年7月25日), https://news.livedoor.com/topics/detail/29237965/
[14] NERO DR BEAUTY, 「【Breaking News】北朝鮮における美容整形の現状:社会主義体制の中での美容医療」, (2025年7月9日), https://nero-drbeauty.com/news/21776/
[15] ニフティニュース, 「『豊胸』女性を一斉摘発/北」, (2025年7月25日), https://news.nifty.com/article/world/korea/12240-4337114/
タグ: 北朝鮮,美容整形,豊胸手術,社会主義,整形外科治療法,デイリーNK,38ノース,平壌,資本主義,摘発
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