2010
09.28
09.28
「押尾学 裁判」ちょっと考えさせられた話
確かに裁判では、犯人と被害者は勧善懲悪として対比される事が多い。と、言ってもそれはドラマの中の話だから余計にそうなのかも。犯人はひたすらに悪人か、それとも無実の人か。被害者は、反面殆どが正義の人。
リンク先では、そんな普通に考えそうな部分に疑問を落としている。読むと、なるほどと思ってしまった。結びとしては結論はわからないにしても、押尾学が無罪を勝ち取るために話を着色しているかもしれないし、検察側は重罪を科すために同様のことをしていやもしれない。
結末は美しい訳でも悲惨である必要もない訳だが、こう言う事を考え出すと裁判官、検察、弁護士の仕事は大変であり適当には勿論出来ない仕事だと思うわけ。
よく考えれば、この女性はそんなに立派な人なのか。芸能人と六本木のレジデンスに昼間からしけ込み、クスリを飲んでセックスをする。まともな育ちの女性では有り得ない。きつい言葉で表現すれば、彼女が水商売の女性なので、一種の売春買春行為ととられても文句は言えまい。そういう娘に育てた両親が、今さら掌中の珠を失ったように声高に押尾を非難する資格があるだろうか。
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